Salon

浪花シェフしぐれ

Dec 2011
22

早いもので今年ももう10日ほどになりました。先日、そろそろ年賀状の準備をしようと、ふと来年の干支を見ると何と「辰」ではありませんか。実は僕も辰年で来年は年男 24歳、いやいや48歳です。ちょっとまてよ、あと干支一回りで還暦。そう考えると複雑な心境です。

普通の人なら子育ても一段落し、仕事もある程度の地位を確立し家のローンも終わり、老後どうやって過ごそうかと思っている頃。しかしMの月のシェフにいたってはこの年で貯金「0」借金少々。三女あおいちゃんは還暦がきてもまだ18歳、これからお金がかかるころ。

自営業なので年金はすずめの涙。マダムはレストラン業にそろそろ嫌気がさし、何やら最近自分でこそこそはじめている模様。どうもシェフの老後はかなり暗い模様です。そこで今回は約半世紀にわたる波瀾万丈の人生を少々振り返ってみようと思います。

今にして思えば恥多き不毛な人生でした。最近は頭の毛まで不毛です。何も生み出さず奪うだけの人生。何一つ親孝行せず父は他界し、マダムにもスイートテンダイヤモンドも買ってやれず苦労かけっぱなしで白髪が増える一方、体も増える一方です。ちょっと待てよ、普通体重は減るだろうが、まっ細かいことはいいです。

楽しみといえば、プッチンプリンを週一回食べるだけ。一ヶ月に一回はビッグプッチンプリンにしてます。まぁひとつよかったことといえば日本の少子化問題に多少貢献できたこと。これもマダムによるところが多いですが...

幼少時代にさかのぼると、ちっちゃな頃から悪ガキで15で不良と呼ばれてました。あれ、このフレーズどっかで聞いたような?

小学時代は下校時ピンポンダッシュに明け暮れ、中学時代はゆすりたかり、くすりにまで手を出す始末。昔から貧乏ゆすりが激しく生活環境も今みたいによくなかったので、よく食べ物にはハエがたかってました。そして今もそうですがプレッシャーに弱く、すぐお腹をこわし正露丸を常備してました。

高校時代にはカツあげに明け暮れる日々。あげくの果てには警察のご厄介になるまでに。バイト先で毎日トンカツを揚げまくってました、気持ち悪くなるくらいに。そして昔から方向音痴でよく迷子に、交番によく道を聞きに行きました。

こんなどうしようもない私ですが、今までどうにかこうにか店が潰れずにやってこれたのはひとえにマダムのお陰だと思ってます。「みのりづきマダムはシェフなしでも存在しえますが、みのりづきシェフはマダムなしでは存在しえないのです」

それでは最後に、この12年間の感謝の意を込めてマダムに「浪花シェフしぐれ」を贈ります。

<シェフ歌>
料理のためなら マダムも泣かす〜
それがどうした 文句があるか〜

<シェフ語り>
ワイは日本一のイケメン料理人や
なんやそのしけたツラは
フォワグラや、フォワグラ買うてこんかい〜

<マダム歌>
そばにわたしが ついてなければ
何もできない このひとやから〜

<マダム語り>
好き合って一緒になった二人やないの
あんたフォワグラ買っておいで
キャビアもトリュフも買っておいで
あんたを日本一のイケメンカリスマシェフに
するためにやったら うちは
どんな苦労でも耐えてみせます〜

それではみなさん、よいお年を!

Yukako Nakahara
_Patissier
なかはらゆかこ
パティシエ
Yukako Nakahara _Patissier